あの時

2009-08-12更新
昨日久しぶりに友達が訪ねてきました。

二人とも70歳を過ぎているのでついつい昔の話に花が咲きました。といってもすごく楽しい話ではなく戦争の体験談になってしまいました。どうしてその話に入ったかというと、孫の話からなのです。娘さんの子が通う高校が近いということで彼女の家から学校に通っているので毎朝お弁当をつめて持たせるのが大変だというのです。それから自分たちの簡単なお弁当だった話から戦争の話に入っていってしまったのです。彼女の家は千葉だったのであまり戦争の実感はないのだが6歳年上の兄が学校へ行くのに毎朝ゲートルを足に巻いていったのをよく覚えているとのこと。私の兄も農蚕学校へ行くのに毎朝ゲートルを巻いていました。夕方帰って来てそれをはずしたものを今度端しからくるくるときつく逆に巻いておくのです。

私の方が戦争の体験はずっと身近にした事を話しました。麦畑の中にいた時、嵐のような音で落ちてた焼夷弾で頬にやけどをしてしまった事や、学校の帰り田んぼ道で「P51」の「キジュウソウシャ」にあってしまい農道の土管の中に逃げ込んだこと等、空襲警報が発令されると電気の傘に黒い布で覆いをしたりしたことの話は尽きませんでした。家の玄関にも古い鉄兜や電気がぶら下がっています。戦争の怖さを覚えている人もだんだん少なくなってしまいますね。

(鈴木 幸子) →プロフィールはこちら
おばあちゃんバックナンバーはこちら

お知らせ

  • サイト内検索機能を追加しました。(2010/9/17) mommiesbehappy.com